トピックス-Topics-

2018/06/30
藝文對談ともえ:第九十一回:芯のある表現とは を公開
話者:センセイ、マッサン

映画バック・トゥ・ザ・フューチャーは3まであるけど1の方がどうしても面白く感じるのは何故だろうちうマッサン。過去に戻る方が説得力があるからだろうとセンセイ。未来を描くにはイデアが必要だけど、2には感じなかったと。3のように過去に戻りすぎると遠すぎる。1はエッセンスとしても、出会い、勇気、タイミング、時代のギャップ等 明確に描かれている。何かに準拠しながら活動するほうが何事も説得力があるとセンセイ。日本の時代劇は事実をベースに創作を付加している分だけ荒唐無稽なものでも説得力が付随すると言い、完全な創作はそうしたものがないと述べる。

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2018/06/20
藝文對談ともえ:第九十回:時代が作る性質 を公開

話者:センセイ、マッサン

親子とは言え全く趣味趣向が違うという話しから始まる。センセイのお父さんはエンターテイメント系の映画が好きなのに対して自らはシックな作品が好きだと。マッサンは親による影響というのはあらゆる点で絶大だが趣味趣向となると驚くほど違うと受ける。センセイは生きてきた時代背景が違うから変わるのだろうと述べ、物や娯楽が限られた時代に生きた世代と、それらが溢れた時代では全く価値観が異なるが故に自ずと趣味趣向も異なってくると視点を投げる。時代によって性格や性質が相当部分作られているという話しへ。

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2018/06/10
藝文對談ともえ:第八十九回:旅や異文化の効能 を公開
話者:センセイ、マッサン ゲスト:本名カズト

嘗て日本は貧しい環境であったにも関わらず子供たちの笑顔からは貧相さが無く、逆に豊かな今は子供たちの表情に貧しさを感じるとマッサン。土門拳の時代辺りまでは人間仕事の限界を知っていたとセンセイ。今の時代は便利な道具に溢れているからか、自らの能力と勘違いしていると。旅行をする人としない人では脳の活性化、感性の育みが違うという研究結果があるとマッサン。旅行に限らず五感を如何に使うかが躍動した人生のキーになりそうだと述べる。その点で表現活動は旅行に行かずして五感を刺激するという話に。

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2018/05/30
藝文對談ともえ:第八十八回:局部的視点 を公開
話者:センセイ、マッサン ゲスト:本名カズト

本名さんは「嫌いな音楽は誰しも結構あるんじゃないか」と述べ、「それは趣味嗜好が違うから」とマッサンの経験に対して応える。センセイは”嫌い”も感動の一つと受け、 聞く側の背景にも起因していると言う。また、自己の体験から「慣れの中で感動が失われ”嫌いになる”こともあった」と。マッサンは有名な曲ほど奏者側も慣れてしまい精神的燃焼が伴わないことも要因ではないかと別な視点を投げかける。局部的視点の面白さと、後に怖さの話になる。

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2018/05/20
藝文對談ともえ:第八十七回:繰り返しの妙薬 を公開
話者:センセイ、マッサン  ゲスト:本名カズト

どの分野も「どれだけ変化を得られるかで決まる」とセンセイ。萩本欽一さんの話題からチェップリンの話へ。本名さんは「馬鹿みたいに同じことを繰り返すことでしか何かが生まれることは無いのではなかろうか」と持論を述べる。マッサンは、自分を含めてだけど現代は能率主義で教え込まれんでいるから、そうした視点そのものが無いのも無理もないと。「だから名人がいないんだよ」とセンセイ。

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2018/05/10
藝文對談ともえ:第八十六回:古典との関わり方 を公開
話者:センセイ、マッサン ゲスト:本名カズト

あるノーベル文学賞の作家に纏わる話から始まる。クラシックにせよ純文学にせよ嘗ては「いつか手を出すもの」という位置づけがあったように思うが、そうした視点が最近は違うようだとマッサン。センセイは「子供の頃に何に触れたかで、その後の人生は変わる」と話し、自分の場合はレインボーマンに流れていたバッハのトッカータとフーガニ短調が思い出されると。子供が見るものに古典や教養の断片が嘗ては含まれていたと振り返る。

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2018/04/30
藝文對談ともえ:第八十五回:指先が生み出す感動 を公開
話者:センセイ、マッサン

鶴を折っているマッサンに対しセンセイから質問があり、それに答えている冒頭から始まる。一昨年から折り紙がしばらく頭にあり、それが2017年の国際展後に見たハンガリーの活動にて触発され、日本人としては折り鶴ぐらいは何時でも折れるようになりたいと思ったと応える。そこから感動がある型と無い型があることに気づいたと言う。センセイは、記憶には無いが幼少期に感動した要因があったのだろうと応える。そして、子供時代に何を体験したか、何に関わったかが大事で、それが核になると。センセイは、書も造形に感動して書いているというより書く行為そのものが指差を通して感動があるからではないかと持論を述べる。

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2018/04/27
往復小説#3:短編:いただきます
第2回藝文東京ビエンナーレにて出展予定のシリーズを先出し公開。

今作は往復小説の第三段にあたる。

往復小説は、嘗ての往復書簡をコンセプトに創作込の小説でやり取りをしようと同門のMASATO氏へ提案し始めたもの。手紙と異なり、必ずしも近況や具体的な返事にならなくても構わないと間口を広めている。主に 松里鳳煌 が投げ、MASATO氏が返すという形になっている。出来れば様々な方々と出来ればありがたい。

現在、noteと自サイトで公開している。

あらまし:行くだけ無駄と思っていた仕事先。彼の予想通り物別れに終わったが、どうしてか食事をする流れに。相手先の彼女は彼のある行動を見て泣き出す。この日、彼は忘れられない時間を過ごすことに。

note:https://note.mu/yataiki/n/n40c924a5048a
松里鳳煌:https://wp.me/p7UmYf-a1

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2018/04/20
藝文對談ともえ:第八十四回:バランス を公開
話者:センセイ、マッサン

使いたくないという人の感覚には、長い歴史の中で積み重ねた事実が折り重なって、知らず人間の無意識に刻まれた体験があるのではないかと投げかける。交響曲の作曲家には「9番を仕上げると命を落とす」というジンクスがあるようで、中にはブルックナーのように9番を避けるためか0番をつくったと言われるほど。こうした非科学は何れ証明されるにしても今の科学では証明できない部分は沢山あるのを忘れていると述べる。無闇に信じたり、何も知らず否定したりすることはバランスを欠いていると述べ、作品のバランス、精神のバランス、人生のバランス。バランスの話になっていく。

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2018/04/17
也太奇:鳳煌のブックマークを微調整
背景色を薄くグレーにし、閲覧時の眩しさを抑えました。

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