トピックス-Topics-

2018/01/10
藝文對談ともえ:第七十四回:昭和歌謡の表現力 を公開
話者:センセイ、マッサン

時代性は歌に強く感じるとセンセイ。浅草三文オペラの田谷力三を例に出し、自らの思い出を語りながら当時の話しをする。田谷力三が昭和歌謡を歌うと大正ロマンになることを上げ、昭和初期には○○崩れという人が歌手になった人が多かった為に多様性があり面白かったと。流しだったバタヤン、オペラの田谷力三、小唄長唄の小梅姉さん、クラシックの東海林太郎とか。前歴を抱えながら歌う為に訴えるものがあったと。昭和歌謡を現代人が歌うと時代を生きていないし前歴も無いだけに面白みや深みを感じない。ぞれぞれの時代にあったものをやるのが一番良いだろうと語る。

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2017/12/30
藝文對談ともえ:第七十三回:特撮と表現 を公開
話者:センセイ、マッサン

代替わりがすると真似になって面白くなくなるとマッサン。初代ウルトラマンにおける試行錯誤の話をしだす。センセイは不意に当時の話を思い出し、ウルトラマンと世界的な彫刻家であるロダンとの関係性を聞く。センセイは上野の西洋美術館にある”考える人”を見ていつもウルトラマンを想起していた思い出をマッサンに話す。当時の大人達は子供向けの特撮であっても、責任を感じ、より慎重に作物と向き合っていた姿があったと振り返る。子供時代を思い出し怪獣談義に花が咲く。そして再び作家活動の話へ。

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2017/12/20
藝文對談ともえ:第七十二回:縁は異なもの を公開
話者:センセイ、マッサン、トッチャン  ゲスト:本名カズト

ホンナさんとマッサンを結びつけた共通の知り合いが亡くなっていことを収録で知る。問われ、そこから二人の謂れを紐解くことに。デザイン事務所の社長は当時勤め人だったマッサンが作ったマニュアルを見て「あんたデザイナーになりなよ」と声をかけてもらった過去を語る。それがご縁となり当時本名さんが手伝っていた本名企画事務所の仕事をマッサンが請け負うことに。センセイもまた縁が導いた作家活動の源流に纏わる話をする。小学校時代の担任と亡き母親、そして奥様の姿が。縁は一方が望んでも、時には双方が望んでも紡げない不思議なものであると。

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2017/12/10
藝文對談ともえ:第七十一回:本名カズト を公開
話者:センセイ、マッサン、トッチャン  ゲスト:本名カズト

前回に引き続き本名さんがゲスト。前回の話を受け、センセイがホンナさんに語りかけることから始まる。ホンナさんは仕事をする上での信条として譲れないものが一つあると言い、センセイは「それを聞きたい」と。そこで「自らを貶めるような相手とは仕事をしない」ことと応える。センセイは「それは当然でしょう」と返す。音楽活動ならではの難しさや醍醐味を感じる話が続く。音楽表現と書作家活動との違いを聞くうち、意図せず 本名カズト氏 に迫っていく回となった。

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2017/11/30
藝文對談ともえ:第七十回:続ける効能 を公開
話者:センセイ、マッサン、トッチャン  ゲスト:本名カズト

「ストレスをかけないと」と言ったセンセイの言葉が引っかかっていたという本名さん。ストレスは悪だという風潮にある現代において表現活動における制約からくるストレスは必ずしも不要なものではないと言う。書をやりながら人は実に簡単に流されると感じたマッサン。自己自在の中でやる心地よさが必ずしも作品を昇華させる中で全てにおいて後押しになるとは言えないと。本名さんは、大きさや長さに加え、伝統や型といった制限された中でこそ無限とも言えるものを書けるのであって、完全なる自由は普通の人には扱えない。何かを突き詰めるということは反復でしかないと。センセイは呉昌碩(ごしょうせき)を上げ、超一流は反復のみで生きた人間だと語る。

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2017/11/20
MASATO創作の部屋 を設置
MASATO 氏のホームページを設置。

現在大学生。
藝文会に2016年加入。
ジャンル:文筆
2018年の同第二回展へ向け発表作の草稿を投稿予定。

http://masato.yataiki.net/
2017/11/20
藝文對談ともえ:第六十九回:手段と目的 を公開
話者:センセイ、マッサン、トッチャン

マッサンは自らの体験を通し「言い訳は遠回りにしかならないと気づいた」と。同時に、議論することは良しと言われ訓練するように育てられた中で自らの中に誤解が生じたことを証す。議論には前提となる情報共有や開示が重要性を持つが、それは議論の際に必要なだけであって、生きている中では必ずしも最優先ではないと。結局は人と人は完全に相互理解することは出来ない。乖離があることを互いに心得た中で様々な事象があると。センセイは誤解も何もかも含めて謝るしか無いと言う。百歩譲って相手に悪い点があっても筋を通すことは遠回りにつながると。ただし大切なところだけは言わないと相手の為にもならないから、なんでもかんでも謝ればいいというわけではないと付け加える。マッサンは結局は筋よりも心なんだと紡ぎ、センセイは加えて、そして夢だねと、話が深まっていく。

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2017/11/10
藝文對談ともえ:第六十八回:マニュアル化 を公開

話者:センセイ、マッサン、トッチャン

マニュアルがあって当たり前、教わることに慣れているのが今の日本人だという言葉から始まる。センセイは人に聞く人ほど仕事が出来ないように思うと過去の経験を語る。マッサンはゲームの中でも自ら攻略方法を見出すのではなく既に解明されている攻略をなぞる人が多くなったと。センセイは楽しむことを知らなくなったんだねと答える。マッサンは日本は先進国の中で労働効率が最も低い部類に入ると指摘されていることを上げ、その現象を受け海外では日本人の余りにも非効率的な仕事のやり方は壮大な計画やフェイク、ジョークの類じゃないか?という説すらあると。センセイは日本人は自分たちが思っているほどロジカルな国民じゃないと指摘。本来なら和気あいあいとした中で盛り上げつつ互いに助け合い己を知り身を粉にすることで成し遂げるものだからと現代日本のマニュアル社会に苦言を呈する。

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2017/10/30
藝文對談ともえ:第六十七回:職業と適正 を公開
話者:センセイ、マッサン

小学五年生で書家になりと思ったセンセイ。本人の意思とは別にそれを促したのは他でもない担任の教師だった。母親にも息子の秘書になりなさいと諭す。本人は書を嗜む中で「こういう職業があったらいいなぁ」と知らず書家を思い描く一方で、「画家もいいなぁ」と思っていたとのことを証す。勉強しない自分が書家という職業を結果的に選んび知らず勉強をしている。画家の道は進まなかったけど描いたこともある。(自ら描いた鉛筆画を指す)「その人間に才能があるなら結局はやってる」と改めて感じると。頭で考え突飛なところ動くのではなく、自分の周りに、自分の足元に何があるかを見つめ、そこから手繰り寄せるセンスがあると無いとでは随分と人生か違ってくると言う。センセイは「負荷がかかる生き方をしないのが一番なんだと思う」と締めくくった。

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2017/10/20
藝文對談ともえ:第六十六回:日本人の性質 を公開
話者:センセイ、マッサン

日本にはありとあらゆる美術品がやってくる。その理由の一つに「日本なら安全だから」という部分があるように聞く。そして、その裏側の認識として、日本には地方にすら美術館、博物館、民芸館があり、海外からは文化的な国民と思われている部分もあるかもしれないとマッサン。センセイは、「ブダペストあたりを見ると、まずは全体の外観で決める。言わば建物重視で、中に入ると意外なところに本屋があったり外の雰囲気と中の雰囲気が異なる。日本はその点、外と中の雰囲気が一致している。つまり建物を決めて街全体を構成しているんだろう」、絵画にしても、内装にしても「日本は簡素な国なんだろう」と語る。ハンガリーと日本を比較しながら日本人の性質について語り合った。

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