トピックス-topics-

2017/03/30
藝文對談ともえ:第四十六回:音楽活動 を公開
2017/3/30th:知人の活動を拝聴する中でしみじみと音楽活動の大変さを感じたことからマッサンが口を開く。書は紙と墨、筆があればいつでも一人で出来る。しかも選び取った仕上がりを、それぞれの感覚で見てもらうだけで済む。それに対し、音楽は練習する場から考えなければならない。昔はあちこちでピアノを練習する音が聞こえていたが、昨今は騒音問題から自宅で練習することも儘ならない。その上でソロならともかくバンドなら音を合わせる練習も別にいる。ましてやオーケストラならその機会を得ることそのものが一苦労。演奏するとなると場所がいる上に本番が1度きり。挙句に観客の前で、その場限りの音楽表現。音楽は時間経過を含めた表現である為、聴取側も固定された時間が等しく必要になり、会場も聴者も色々。こうした音楽に関する活動の背景を思い、実際に作曲したこともあるセンセイに投げかけていく。

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2017/03/20
藝文對談ともえ:第四十五回:視点の相違 を公開
2017/3/20ma:「妖怪百物語」で「脇役の凄み」から話が盛り上がる。センセイは嘗て「好きの一心」で食える食えないを考えずに役者を目指した人がいた。だからこそ深みのある役者がいて脇役が厚く固めていたことを語る。マッサンは”水木しげる”の自伝から、昔は漫画が好きな同士が一杯いてワイワイやっていたけど、いつの間にか自分一人だけになっていた。あれは好きというパワーが弱かったんだろうと言ったことを思い出す。センセイはソレに対し「それも自然淘汰だから」と応える。昨今の「個性」の捉え方についてセンセイが言う。トッチャンはそれに対しマルクス主義にしても観念的理想理論から立ち上げたものの成功したと言える例を見ないと受ける。遺伝子の妙技の話になり、勘違いが必ずしも悪いことになるわけではない話へ移っていく。

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2017/03/10
藝文對談ともえ:第四十四回:妖怪百物語 を公開
2017/3/10fr:「妖怪大戦争」の収録以来、何かと話題に上がった「妖怪百物語」をやろうと今回の運びに。センセイは赤羽にあった大映の映画館で祖父母と共に当時観に行ったことを思い出しながら、トッチャンは知らない中で、マッサンは当時テレビで見て、今回三十年以上ぶりに観た上での鼎談となる。マッサンは物語の主題となった「百物語」を落語家の林家正蔵が語るシーンが子供心に映画の中で最も迫力があったことを思い出し、同時に大人になっても変わらない印象と語る。センセイは「名人芸だから」と応え、嘗ては脇が凄かったと言う。マッサンはこの映画の面白みとして、表側の真面目な時代劇に対して、あくまでふざけている妖怪達という対比にあると視点を持ち出す。

※妖怪百物語:1968年3月20日に公開。大映京都撮影所製作の時代劇・特撮映画。併映『ガメラ対宇宙怪獣バイラス』。カラー、大映スコープ、79分。大映京都の妖怪映画3部作の一作目。1968年1月にゲゲゲの鬼太郎(白黒版)が放送開始され子供達の間で妖怪ブームがおき、結果的にその追い風も受け好評をえる。本作に取り上げられた「百物語」は、江戸時代の落語家である初代林家正蔵が盛んにしたもので、江戸の人々が行っていた怪談話の会をさす。劇中で初代林家正蔵の役を八代目林家正蔵(のちの林家彦六)が演じる。監督: 安田公義。(Wikipediaの情報を編集)

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2017/03/10
Jfonts協議会のホームページを閉鎖
TrueType協議会 を前身とするフォントの業界団体の一つ、二十年以上の歴史をもつ Jfonts協議会 のホームページを閉鎖するとの連絡を事務局担当会社より受ける。(現時点で閉鎖済)

Jfonts協議会 www.jfonts.or.jp

色々なことが思い出された。時の移ろいを感じる。
2017/02/28
藝文對談ともえ:放送:第四十三回:氏素性 を公開
2017/2/28tu:2回に渡ってトッチャンと対談した夏目漱石の「こころ」の感想をセンセイに伝えることから始まる。自らに無かった視点として「こころ」は個人主義を描いていると聞いていたく納得したと。センセイは「二人のとって個人主義とはどういう意味合いか?」と問う。二人はそれぞれの考えを言い、それに対してセンセイは「一見すると個人主義というのは個を尊重しているかのような感じがするけど・・・」と話しだす。自らの家系のことを例に考えを述べ、「果たして外国風の個人主義が日本の風土に合うのだろうか?」と再び二人に投げかける。マッサンはそれに対し、「自由とはなんだろうか」という角度でもって答え、センセイは自らの経験や考えを述べていく。

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2017/02/20
藝文對談ともえ:第四十二回:こころ/後編 を公開
マッサンとトッチャンによる、夏目漱石「こころ」の読後感想会後編。マッサンは人の こころ って本当に難しく最終的に人と人はわかり得ないのでは?と語ることから始まる。そして自分は作中の先生の心境がよくわかると言う。自己の過去を語リ、そこから自分なりの視点を詳らかにする。トッチャンは作中の先生が理解出来ないと投げかける。マッサンの話を聞き、夏目漱石の「こころ」が教科書に掲載されている理由がわかったと応える。ある解説から、恐らく「現代の個人主義」を学ぶために掲載されているのだと伝える。一方でトッチャンは読んでいて暗くなったから教科書への掲載はいかがなものかと私見を述べる。マッサンは自身のセンセイから言われた話を引用し自己の体験を踏まえ自分なりに紐解いていく。

※「青空文庫」は著作権の切れた本を無料で貸し出せるようにしもので図書館や電子ブックで無料で読むことが出来る。

※『こゝろ』(こころ)とは夏目漱石の代表作の一つ。1914年(大正3年)4月20日〜8月11日まで、『朝日新聞』で「心 先生の遺書」として連載され、同年9月に岩波書店より漱石自身の装丁で刊行。売上総数が2014年時点で705万500部。日本の文学誌1位の売上。(Wikipediaの情報を編集)

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2017/02/10
藝文對談ともえ:第四十一回:こころ/前編 を公開
2017/2/10fr:マッサンが本をテーマに取り上げようと提案。同じ本を読み感想を言い合うことに。「青空文庫」に登録されている題材から、夏目漱石の「こころ」をピックアップ。本作は2014年で100周年を迎えた。奇しくも漱石の宣言した通り100年後も語り継がれる作品となり世界的に愛好されている。その読後感想会の前編。センセイは「二人でやって」と離席し、久しぶりの対談。トッチャンが最初の印象を、文体は読みやすいけど本としては読みづらく、搭乗人物が”変な人達ばかり”だ思ったと語る。対してマッサンは自己の置かれた環境も相まって深く感銘を受けたと言い、熱をもって語りだす。

※「青空文庫」は著作権の切れた本を無料で貸し出せるようにしもので図書館や電子ブックで無料で読むことが出来る。

※『こゝろ』(こころ)とは夏目漱石の代表作の一つ。1914年(大正3年)4月20日〜8月11日まで、『朝日新聞』で「心 先生の遺書」として連載され、同年9月に岩波書店より漱石自身の装丁で刊行。売上総数が2014年時点で705万500部。日本の文学誌1位の売上。(Wikipediaの情報を編集)

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2017/01/30
藝文對談ともえ:第四十回:無法地帯 を公開
2017/1/30ma:トッチャンがトマス・ホッブズのリヴァイアサンの引用をすることから始まる。マッサンはそれを受け、どこからどこまでが洗脳で洗脳じゃないかの線引は非常に難しく大なり小なり洗脳はそここでなされていると私見を言う。センセイは日本が戦後様々な権力者の意図によって洗脳されたと言い、自己の例を出す。

曰くセンセイは、洗脳とは私利私欲の視点でもってアンバランスなものを刷り込むことだと持論を述べる。そして洗脳を解く唯一の方法は芸術にあると。また、自らの偏りを相手に押し込める洗脳と、伝統の型を刷り込むこととは違うと述べ、伝統の型は時間の経過や人々の自然な精査によって淘汰され残り得たものであり、偏りが限りなく排除されたものであり、洗脳と普遍の踏襲をごちゃ混ぜにしている人が多いと嘆く。芸術家であるならば洗脳されないで生きるのが基本であると言う。

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2017/01/20
藝文對談ともえ:第三十九回:蛇娘と白髪魔 を公開
2017/1/20fr:センセイとマッサンの間で長いこと話題に登っていた映画。ただし二人は「蛇女」と記憶していた。互いに内容は覚えていないものの印象的と語り合う。「妖怪大戦争」の収録をした折に映画のタイトルが偶然にも判明。センセイは初めてこの映画を見た際、蛇娘が顔のパックを剥ぐのを見て女性はパックをするのだと刷り込まれたよう。マッサンは蛇娘がひどく可哀想だったと印象を語る。トッチャンは今回初めて見て、二人から聞いた印象と大きなギャップがあると言う。曰くセンセイは「子供と大人の視点の差だろう」と述べる。話題は 妖怪大戦争 も絡みだし、子供の頃に見た印象と大人になって見た印象ではまるっきり違うという話に移り変わり、子役で可愛いと成長してガッカリすることが多いという話題になる。いい意味でも常ではない中で、時の経過や練磨の継続により深蒸した味わいが生まれた後に語り継がれるものになると言う。

『蛇娘と白髪魔』:楳図かずお原作、大映製作の怪奇映画。1968年12月14日に劇場公開。上映時間82分、モノクロ、大映スコープ。同時上映「妖怪大戦争」。初公開: 1968年12月14日 監督: 湯浅 憲明 出演者: 三宅 邦子

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2017/01/10
藝文對談ともえ:第三十八回:駄菓子 を公開
2017/1/10tu:新年はじめの”ともえ”は軽く駄菓子の話。世代により思い出す駄菓子は異なるものの、長く愛される商品も少なくないよう。子供の頃に戻って笑い合う。あんこ玉、瓶のラムネ、パラピン紙で包装された固形ラムネ、ライスチョコレート、マンナ、ブタメン、カバヤのジューシー、ペッツ、よっちゃんイカ、水にとく粉末ジュース、ボンタンアメ、中野の昆布(都こんぶ)。次から次へと飛び出す。その中でセンセイしか知らない駄菓子も飛び出す。センセイの頃は ニッキの木 が駄菓子として5円で売られており舐めると甘かったこと、貝殻の外形で舐めると甘い駄菓子もあったと二人を驚かせる。

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2016/12/30
藝文對談ともえ:第三十七回:作家活動の背景 を公開
22016/12/30fr:初代ゴジラの話題が続く。センセイはゴジラの造形の見事さについて話し出し、特に キングコング対ゴジラ の造形が最も素晴らしいと賛辞。初代のゴジラは必ず夜に襲来することに触れ、戦時中の空襲を想起させると話すと、マッサンは実際にそこは狙いだったようだと言葉を継ぐ。面白さの1つとしてゴジラは実はそんなに出ていない点に触れる。物語は人間ドラマ中心に展開されており大人になるとそこが面白いと、子供との視点の違いを語る。センセイはゴジラの成功は伊福部昭の音楽があってのことと伊福部音楽について持論を展開する。そして背景を踏まえた作物と、目的に応じて即物的に作り上げられたモノとの厚みの差について述べる。

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2016/12/20
藝文對談ともえ:第三十六回:初代ゴジラ、映画と演出 を公開
2016/12/20tu:前回シン・ゴジラの話題を語らい初代のゴジラを振り返ろうと三人。(トッチャンは未見だったことから初めて見てからの参加)出だしはゴジラが生まれた時代的背景や、ゴジラを制作する際に他作品から受けた影響について話される。そこからセンセイの知る舞台裏としてのゴジラが語られる。マッサンは子供の頃に見た時と大人になり改めて見た時で全然印象が違うと言う。それを受け、事実センセイがこの映画の影響で水槽に対し怖いイメージがついたと思いでを語る。座は盛り上がり当時の映画制作に関わる様々な背景が語られ、分業化する現代との違いが浮き彫りになっていく。

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2016/12/10
藝文對談ともえ:第三十五回:シン・ゴジラ を公開
2016/12/10sa:完全なネタバレ。今年の7月、2016年東宝の新作映画「シン・ゴジラ」を皆で行くことに。(センセイ、マッサン、浩義氏の3人は恒例行事)その感想回。”ともえ”の三人、センセイ、マッサン、トッチャンに加え、共に映画を観に行ったカメラマンの浩義氏、センセイの弟子である翠甫氏も同席。二人には収録にも立ち会っていただいた。冒頭でセンセイが「今までのゴジラとは雰囲気が違って良かった」との発言を受け、マッサンはゴジラの動きが気になったという。曰く、十中八九CGだろうにスーツアクターがいるかのような存在感。でも普通とは違う不気味さを感じたと。その理由が、たまたま見たメイキング映像でわかったと口を開く。そこから俳優の演技の話に移り変わり、物語の全体構造、モノ作りへの姿勢へとおよんでいく。

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2016/11/30
藝文對談ともえ:第三十四回:老子の話 を公開
2016/11/30we:日頃から読書は嫌いというセンセイ。ところが本は溢れている。その点についてマッサンがセンセイと話している。センセイにとって読書は娯楽ではなく『活動』をする上で『思索の糧』として、『表現背景の厚み』を醸成するためのものであり、仕事としての必要性から読むものと捉えていることを知る。娯楽なら他の娯楽を選ぶとセンセイ。読んだ本の話におよぶと「老子道徳経」を上げる。読んでどう感じたか、視点を置いたか、マッサンは尋ね、センセイは道徳経から何を学び、それを活動の視点として捉え、歩んでいるか話におよぶ。

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2016/11/20
藝文對談ともえ:第三十三回:プロとしての構え を公開
2016/11/20su:映画「大魔神」の話をしているマッサンとセンセイ。リアルタイムで見たというセンセイ。大魔神に見られる「審判」と「啓示」についてマッサン。3人ともこれといった信仰はないと述べるも「何か」はいるのだろうと。マッサンが数学者の話を出し、「いよいよ突き詰めるていくと科学で解明できない『何か』の存在を感じぜずにはおられない」と聞いたことを伝える。モハメド・アリやセンセイの言葉を借り「人の法則ではなく天の法則にのっとる」という考えを付け加える。「不可能はない」という言葉は、そもそも「可能たらしめる心の構え」であると私見を述べ、そこから「プロとしての構え」に発展。どの分野であってもプロとして譲ってはいけい領域があるという話になっていく。

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2016/11/10
藝文對談ともえ:第三十二回:藝文東京ビエンナーレ を公開
2016/11/10th:近々開催を予定している「藝文東京ビエンナーレ」について話しましょうとマッサン。(三人は会員でもあり同時に出品者) 藝文会について一会員としての感想をマッサンとトッチャンが語り合う。トッチャンは昨年発行された会誌から自由な気風が感じられると述べ、マッサンはテーゼの特異性を言う。センセイに会の方向性について尋ね、話は昨今の組織のあり方や個人の動きについて広がっていき、組織はどうあるのが望まれるか、対して個人はどう構えればいいか、話が展開される。

藝文東京ビエンナーレ

■会場:東京芸術劇場 アトリエイースト(B1F)
    〒171-0021 東京都豊島区西池袋1-8-1
    JR・東京メトロ・東武東上線・西武池袋線 池袋駅西口より徒歩2分。駅地下通路2b出口と直結しています。
■開催日:2016.11/20(日)〜11/23(水・祝)の4日間
■時間:11月20日(日)初日のみ 12:00〜16:00
    11月21日(月)〜23(水・祝) 10:00〜16:00
■主催:藝文会 http://geimon.jimdo.com/
■料金:無料

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2016/10/30
藝文對談ともえ:第三十一回:妖怪大戦争 を公開
2016/10/30su:センセイとマッサンの日常会話。思い出したように話題に登る映画が「妖怪大戦争」だった。センセイはリアルタイムに劇場で観たという。マッサンは夏休みの子供向けテレビ放送で。それぞれ異なる視点で印象に残っていた映画で、互いの記憶を確かめ合うように話す。トッチャンは収録に合わせ本タイトルを購入。視聴した上でこの回に臨んだ。映画の物語構成や役者の芝居、演出等から現代日本人との違いを見出す三人。当時の日本人における精神的背景を感じさせる演出や仏教的背景を感じとり、当時とは異なった視点で話す二人。そこに現代人の目線から真っさらな状態で鑑賞したトッチャンが加わり、愉快な中で話題が展開していく。

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2016/10/20
藝文對談ともえ:第三十回:明治の精神 を公開
2016/10/20th:前回、明治の話が出たので「明治の話」をしようと始まる。マッサンが「授業で明治はほとんどやっていない」と語る。激動の時期であることは小説からも伺えると、マッサンは夏目漱石の「こころ」で西洋の息吹を彷彿とさせる描写として、書生さんが靴紐を結ぶ表現を思い出す。センセイは日露戦争から明治の人間像を浮かび上がらせる。明治期の日本人は人品骨柄を見る能力があったと例を挙げ、その点、現代は違うと言う。マッサンは明治生まれだった母方の祖母のエピソードを披露し、明治期の人間と昭和期の人間で何かが全く人が変わってしまった体験を語る。センセイはそれを受け、自らの祖母との思い出を語り明治人の姿と現代人との違いを述べる。

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2016/10/10
藝文對談ともえ:第二十九回:黒澤明からスターウォーズまで を公開
2016/10/10ma:映画の話をしましょうとマッサン。トッチャンは黒澤明の「生きる」を上げる。センセイはそれを受け黒澤明の表現について語りだす。諧謔的表現を用い、その妙なる雰囲気が監督独特な技であると述べる。そこから監督業、転じて指導者の難しさは指導することそのものより携わる人々の精神的構えを作らせていくことのほうが困難であり、むしろそっちが重要であると持論を展開する。マッサンは「映画というとやっぱりスター・ウォーズかな」と第七回でも話したタイトルを上げ、話は続く。

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2016/09/30
藝文對談ともえ:第二十八回:読者と作家 を公開
2016/9/30fr:前回の司馬遼太郎「坂の上の雲」の話から。センセイは読み終え「死守」という文言が印象に残り、君江さんが告知を受けた折、彼女を「死守」するのだと感じ看護に身を投じた過去を振り返る。そして亡き後、叙事詩「ポプラの丘」を書く一つのキッカケになったと言う。センセイにとって本を読むとは熟読を意味し、熟読とは臨書を書くことと意味合いは同じであると展開させる。細部に至るまで目を走らせ遅々として進まない中で読んでいく重要性を説く。書く場合も同様で、熟読するように書かないと自らを正確に汲み取っていくことが出来ないのではなかろうと語り、何事にも手抜かりなく行うことの意義を述べ、二人は耳を傾ける。

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2016/09/26
フォトグラファーズオフィス美苑-bion-:第一回個展作品集を公開
フォトグラファーズオフィス美苑-bion

2003年に公開された第一回個展の作品集をサイトに公開いたしました。今後、作品集をまとめ上げたオンライン・ポートフォリオをメニューの 松里浩義の概要 に追加して参ります。

http://bion.yataiki.net/portfolio/%E7%AC%AC%E4%B8%80%E5%9B%9E%E5%80%8B%E5%B1%95%E3%83%BB%E4%BD%9C%E5%93%81%E9%9B%86/

併せて、当時の会場風景を 也太奇-YATAIKI- 撮影の写真を用い公開いたしました。御覧頂ければ幸いです。

http://bion.yataiki.net/%E6%9D%BE%E9%87%8C%E6%B5%A9%E7%BE%A9%E3%81%AE%E6%A6%82%E8%A6%81/%E7%AC%AC%E4%B8%80%E5%9B%9E%E5%80%8B%E5%B1%95%EF%BC%9A%E4%BC%9A%E5%A0%B4%E5%B1%95%E7%A4%BA%E5%86%99%E7%9C%9F/
2016/09/26
本名カズト:ドメインを取得
今後の活動を見据えサブドメインを取得しました。

http://kazuto.yataiki.net/

先日ご案内したアドレスは使用不能となります。
このアドレスをブックマークいただくかRSS登録して頂ければ幸いです。

本サイトは 本名カズト第二の公式サイト として位置づけ。このサイトでもライブニュースを掲載し、也太奇-YATAIKI- が公式にオファーされた 本名カズト の情報を全てが閲覧出来るようにします。

旧来の表示形式をもつこれまでのサイトも継続しニュースやコメンタリーは引き続き更新。Blogger版公式サイトも継続してライブ情報を発信していきます。
2016/09/23
Duckwalk:サイトをリニューアル
本名カズトが設立した音楽レーベル「Duckwalk」を大幅に刷新いたしました。本サイトでは Duckwalk が手がけるライブイベントや制作したビデオクリック等を公開してまいります。

http://duckwalk.yataiki.net/
2016/09/23
本名カズト:本名カズトContents をリニューアル
也太奇-YATAIKI- 推しアーティスト「本名カズト」の活動を記録した「本名カズトContents」をリニューアル致しました。今後ライブ活動のアーカイブ化をはじめとした活動情報の整理、今後の活動フォローをいたしました。

ブログ名を「本名カズト」に変更し、音楽、映像、写真、コメンタリー、公式サイト更新情報を掲載してまいります。

http://yataiki.net/hkswamp/blog/
2016/09/20
藝文對談ともえ:第二十七回:本の話 を公開
2016/9/20tu公開:トッチャンが本好きだと感じたマッサン。そのことから本の話をしましょうと話題をふる。一先ず自分を横へ置いておき、昨今、本を読む人が減っているのではないか、ましてや本好きと言える人は過去に1人しか知らないと自らの過去を振り返る。最近自分が読んだ本、気になる本をお互いに披露しあうことになり、マッサンはドナ・ジャクソン・ナカザワ著の「免疫の反逆」を読んでおり、その内容や何故読んでいるかに触れる。そして読みたい本でありながら手が出ていないものとして、ドストエフスキーの「罪と罰」を上げる。トッチャンは「罪と罰」は自分の中でずっとブームだと言い、買って読んだ方がいいですと思いを語る。「罪と罰」の話から、自ら好む小島信夫について本の話を語る。小説はまず読まない中でふと読みたくなって集中的に読んだ「坂の上の雲」についてセンセイが話す。そこから明治の日本人の姿に話は及んでいく。

藝文對談ともえ:http://tomoe.yataiki.net/

2016/09/17
フォトグラファーズオフィス美苑-bion-:サイトをリニューアル
フォトグラファーズオフィス美苑-bion-のサイトをリニューアルしました。ご期待下さい。

サイト:http://bion.yataiki.net/
2016/09/17
松里鳳煌:サイト設置
サイト http://hoko.yataiki.net

今後、自らの活動と ”也太奇” としての活動を明確に分けた方がいいだろうと考え、自身のサイトを設置することにいたしました。

”也太奇” は当初のコンセプトであった推しメンならぬ”推し表現者”を取り扱うサイトと位置づけ今まで通り活動。(整理予定)自らの仕事や自作の発表、活動のご報告はコチラ<http://hoko.yataiki.net>で更新したいと思います。

既にあるBloggerの記事は次の通り住み分けいたします。雑談はこれまで通り 「小天-sho.ten-」 にて、自作以外の書道に関する記事は「書道 鳳煌会(hoko-kai)」にて掲載してまいります。記事の性質上やむおえず重複して掲載することもありますが、よろしくお願いいたします。
2016/09/10
藝文對談ともえ:第二十六回:感じると知る を公開
2016/9/10sa:これまで”感じる”ことを疎かに生きてきた自分に気づいたと語るマッサン。センセイは昨今蔓延する”知る”ことばかりへ意識が向く弊害を語りだす。知ることから転じて”知識”は”格の高い感じること”が出来るのに必要であるから、知ることそのものを否定しているわけではないと言う。ただ「感じれば自ずと知る行動に通じるから、知るよりも感じることが先だと思う。感じることには弊害はないが、知ることには弊害がある」と持論を語る。マッサンは”感じること”、自分の身を通すこと(経験する)ことでしかこの身は実感し得ないものだから、感じ、行動し、知るという流れが望ましいと自らの考えを述べる。知ることで先入観が出来て純粋に見れられない、聞こえない、感じ得ないことから、知らない効能について重要性を説く。感性と知性と悟性の調和に言及する。更に話は転がっていく。

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2016/08/30
藝文對談ともえ:第二十五回:作家の後ろ姿 を公開
2016/8/30tu:自ら執筆した小説を、読者の立場として読んだ際に「こんなはずではなかった」という体験をしているというマッサンの話から始まる。それに対しセンセイは「作品というのは全て草稿だと思っている」と持論を述べる。真の作品の姿は棺を纏ってみないとわからないと語り、1つ1つの作品を論ってとやかく言うことの無意味さを語り、人間トータル、人生トータルを見て始めてそれぞれの作品の全体像が見えることを指摘。同じ表現でも歌唱のジャンルには独特な厳しさがあることをマッサンが語ると、どの仕事にもプロとして取り組む姿勢の困難さに話がおよぶ。現代の風潮でもあるプロになるのにまず学校に入るという発想について語り、表現者の後ろ姿をそれぞれが述べていく。

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2016/08/20
藝文對談ともえ:第二十四回:豊かさ を公開
2016/8/20sa:ある年の夏、近所の図書館で配布されていた図書館だよりから 阿部公房「砂の女」 を読んだマッサン。内容は元より、寧ろその裏側に潜むテーマに慄き、嘗ての日本人は深かったと語ることから始まる。センセイが「作品は小説に限らず自虐的、マイナー的なものの方が深くなる」と語り、その逆は浅くなりがちだと言う。(自らは敢えてそこに挑むが)話は映画に移り変わり、現代人が悲劇的な結末を好む傾向が作品に現れていると語ったマッサンに対し、人間は重複行為を避けるものだからとセンセイは返す。マッサンは映画をはじめ技術的な完成度が極めて高い作品が増えていく中、どうしても心に残らない体験を語る。時代に応じて人は作られ、その中で作物も生まれるとセンセイが語り、豊かさとは何かに話は及んでいく。

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