「也太奇について」 過去から現在に至るまで、書家という存在は世間と遊離しており、ましてやビジネスという観点から遠い存在でした。これほど素晴らしい空間力を持ち、活力のある作品を生み出しながらなぜ?自ら書を長年親しむにつき、書家とビジネスマンが相容れないものを双方に抱いているからだと知りました。書家はビジネスを知らず、ビジネスマンは書を知らないからです。故に不幸な衝突を繰り返すと思うにいたりました。

 この双方を少なからず理解するものが間に入れば、もっと素晴らしい作品群を世に出せるのではないか。也太奇は、プロフェッショナルな書家と、ビジネスを、また消費者とを結びつける存在になろうと。私はそう考え也太奇を発足しました。

 

松里和明(鳳煌):1967年生まれ、小学二年生より書に親しむ。大手事務機メーカーの開発会社にて事務用プログラムを学び、後にフォント開発部門にて開発サポートを長く担当。退職後、ゲーム会社にて営業、マーケティングに携わり、多くの企画を兼務。独立し也太奇を発足。題字や書作の販売、フォント制作業務に携わる。現在泰永書道会の事務局長を務め、自らも鳳煌会を発足。同時に文化振興を旨とした皐月会を発足。

 

「也太奇の意味」

 「也た太だ奇なり(またはなはだきなり)」で、「コリャ奇妙だ」という驚嘆の叫びです。 

 洞山は無情説法を聞くことが出来ましたが、それはまことに奇妙なものだったのです。なぜならば、無情説法は耳をもって聞くことも、眼をもって見ることも出来るものではなく、眼で聞き、耳で見てこそ、はじめて知ることのできるものだったからです。

 

 

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