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2020/11/30
藝文對談ともえ:第百七十三回:ともえ五周年・前編 を公開
話者:松里鳳煌

 2015年11月22日が”藝文對談ともえ”の初収録日でした。初放送日は2015年12月10日。満五年になります。何事も3年、5年、7年、10年で一つの節目を迎えるに思いますが、続けるのってそれだけ大変。それでもライフワーク、言い換えれば人生の縁になりうる「仕事」、「生きがい」はそうした長尺であることは欠かせないと実感します。”ともえ”の五年目は”野尻先生が居なくなる”という想像だにしなかったものとなりました。6年目突入を記念し”藝文對談ともえ”の始まった経緯から改めて振り返り、それまでの歩みと舞台裏を語ります。

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2020/11/20
藝文對談ともえ:第百七十二回:映画監督の手腕 を公開
【蔵出し】話者:野尻泰煌(センセイ)、松里鳳煌(マッチャン)

センセイが名画を纏めて観た際に「暗い」と言った言葉が印象が残るとマッチャン。センセイは「暗さ」の他に名画には「シーン」が残ると語る。名作の二大要素なのだろうと。先生は明るくて忘れられない創作を望んだが、現実には明るい作品は自身もサッパリ忘れてしまう。名曲でも同じような事が言え、テンポが速く彩りがあるものは印象に残らない。話は本質的な部分に。最終的にはどんな表現も平易なものをどう見せていくかにかかっているという話に。2017年にハンガリーを訪れた際に実感したと述べる。(2019年2月収録)

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2020/11/10
藝文對談ともえ:第百七十一回:野尻泰煌の死生観 を公開
話者:松里鳳煌

書家である野尻泰煌の人生と死は切っても切り離せない。十七歳で自分の人生をかけて育ててくれた母を突然失い、精神的支柱を築いた祖母の死を隣で見届け、書を始めた大きなキッカケと心の根底を培った祖父を亡くし、細君の末期に身を捧げた。一方、十代から書家の一員として活躍した彼は、更に多くの別れを経験することになる。自ずと高齢者の多い世界。丁々発止した諸先輩方、歳差ある友人達、そして師を次々と見送ることになる。自らのライフワークとなった「是(ぜ)」もそれ故であったことだろう。そんな先生でも、脱水が原因で意識を失った父を発見した時から決定的な変化が。

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2020/10/30
藝文對談ともえ:第百七十回:先生の手帳・十 を公開
話者:松里鳳煌

冒頭 ”野尻先生” という呼び名に関して思い出を語ります。そして自身が参加してからの泰永書展をざっと振り返ります。奇しくも奥様の茹園先生を見送ることから始まり、先生を見送るまで続けて来ました。これで一つ大きな節目を越えた気がします。 ”ともえ”の収録ストックも残りが少なくなってきました。出来るだけ引き伸ばした欲求にもかられ、放送開始より満五年、六年目になる来月よりアーカイブの配信は月1本に減らそうと思います。

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2020/10/20
藝文對談ともえ:第百六十九回:死を考える を公開
【蔵出し】話者:野尻泰煌(センセイ)、松里鳳煌(マッチャン)

子供の頃から自身への問に「死をどう捉えるか」という視点があるとマッチャン。それは今も続く。当初、自身は別れの際に後悔の無いよう「語り尽くす」ということにし、これまでの自らの生き方をシフトチェンジしたと。しかし、結局は「語り尽くせぬ」ということを実感することになったと言う。センセイはどう足掻いても寂しさは否めないと言う。でも、亡くなる側は必ずしもそうでもないようだと君江さん(亡き奥様)が生前語った言葉を告げる。そして自身も恐らく自分がいよいよの時は悲しくは無いのだろうと想起した。(2019年収録)

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2020/10/10
藝文對談ともえ:第百六十八回:名画の特徴 を公開
【蔵出し】話者:野尻泰煌(センセイ)、松里鳳煌(マッチャン)

年末(2018年末)に映画の名画全集を買い色々見ているけど共通した特徴があるとセンセイ。特に日本の名画にはそれが当てはまると。それらは自身が見たいと望んでいた映画ではなかったと語る。そして自分が望んでいる映画はどうやらSF映画にしかないようだと。それは偶然にもマッチャンがSF映画を好きな理由であった。2019年1月2日に初夢を見たというセンセイ。200年後の十条に突然現れた自分が、すっかり変わり果てた街、聳え立つビルの中に自身が書いたと思われる隷書で書かれた「泰永会」の看板を見出す。その時に、ある感傷を味わったと。(2019年収録)

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2020/09/30
藝文對談ともえ:第百六十七回:映画よもやま話 を公開
【蔵出し】話者:野尻泰煌(センセイ)、松里鳳煌(マッチャン)

ヒッチコックが隆盛を極めた時期が日本にあった。そのため世代にとっては共有可能な話題でもありマッチャンは訊ねる。センセイはヒッチコックと言えば彼の代表作である「鳥」を思い出すと言う。マッチャンは鳥もさることながら個人的に「裏窓」が印象深いと応じる。「裏窓」を中心に、映画業界の裏話や、映画業界の様々な話をする二人。素材によらず調理次第では魅力的な作品はいかようにでもなり、そこに一貫して監督が出るという話に。(2019年収録)

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2020/09/20
藝文對談ともえ:第百六十六回:壱・飽きるという能力 を公開
今回は短すぎて放送出来なかった興味深いトークを3本纏めてお届けいたします。

壱・飽きるという能力

【蔵出し】話者:野尻泰煌(センセイ)、松里鳳煌(マッチャン)、相模泰生(サガミさん)

ビジネスの展示会で聴講したAIに関する研究者の言葉が興味深かったとマッチャン。それが「人間の凄い能力は飽きること」というもの。それは奇しくもセンセイが言った言葉でもあった。センセイは北大路魯山人の言葉を例に取り上げ、自身の体験から何事も飽きてからが第一歩だなと感じると語った。(2019年収録)

弐・伝統文化の保護

13分25秒辺りから:【蔵出し】話者:野尻泰煌(センセイ)、松里鳳煌(マッチャン)

展示会場での収録。伝統文化の分野では時代とのギャップがどうしても埋められない分野もあるとマッチャン。明らかに使われなくなった、言い換えれば用の美を持ち得なくなった分野の伝統文化はギャップが広がるばかりで失われる可能性は否めないと投げかける。ギャップを埋めることは果たして出来るのだろうかとの問にセンセイは出来ないと応える。伝統というのはやはり国家レベルの保護が必要だろうと。(2018年収録)

参・自分の後ろ姿

24分50秒辺りから:【蔵出し】話者:野尻泰煌(センセイ)、松里鳳煌(マッチャン)

ワグナーと若き皇帝の物語について談笑する二人。皇帝の悲惨な最後から自分の後ろ姿というのはわからないという話に。外から見て羨ましいと思える人ですら当人は必ずしもそう思っていないことがあるとマッチャン。センセイは、幸不幸というのは本人が精神的に安定しているかどうかにかかっている気がすると語る。最後は来客に応える野尻の声で収録は中断となった。(2018年収録)

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2020/09/10
藝文對談ともえ:第百六十五回:君江さんとのこと弐 を公開
話者:松里鳳煌

2001年に亡くなられた、茹園先生こと君江さんとのことを思い出す放送の第二回(書家の野尻泰煌先生の奥様)。2001年の6月10日に何時も通り次回の個展へ向けて鋭意制作中の野尻泰煌先生と手伝う私。来るはずの君江さんが来ない。その日は何時も通り夜9時まで作品を書いて別れるも、翌日大至急来て欲しいと。後に茹園先生は亡くなり、野尻先生は失意のドン底に。加えて糖尿まで発覚。その野尻先生をも送り出し、今月27日より追悼展を開催する。

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2020/08/30
藝文對談ともえ:第百六十四回:伝統文化と時代の乖離 を公開
アトリエイーストで和歌の話をしている二人。伝統文化と現代の乖離について話をしている。伝統という型を踏襲せずに、もっともらしい型っぽいものに、現代を注いでいることに根本的な間違いがあると。センセイは改めて伝統の大切さを述べる。動が揉まれて精度を増し結果的に静になる。それが型である。それが多年の月日を折り重ね伝統の型になる。それを右から左にやると古臭くなるのは当然。型を踏襲しながら現代を注ぐことが伝統文化の営みである。その為には型を入れることから始める必要がある。(2018年収録)

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