トピックス-topics-

2018/02/20
藝文對談ともえ:第七十八回:小説と体感 を公開
話者:マッサン、トッチャン

あるカップルの例を上げるトッチャンの話しから始まる。気が使えるというのは「知の働き」を感じることから、外側から見ると「何か思惑を感じる」要因になり、過ぎれば害にもなるようだと。「本」を読むということは「知」なくしては出来ないものだと話しが展開する。本を読むことで何かを「知った」ような気がするが、そこに「体感」を伴わなければ実のところ何かを獲得することは無いのだろうという話に。

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2018/02/10
藝文對談ともえ:第七十七回:本の色々 を公開
話者:マッサン、トッチャン

「本の魅力って何だと思う?」というマッサンの問いから。トッチャンはある作家の言葉をお借りして「作者の思考や知識を手軽にお借り出来る」と答える。マッサンは最近聞いたある感想から、本の読み方がこれほど違うものかと気付かされたという話をする。本が読まれなくなったと言われて久しいが、文字に触れていないかと問われると逆で、パソコン、スマホ、タブレットにより以前より遥かに文字には触れているのではと。本に纏わる色々な話をした。

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2018/01/30
藝文對談ともえ:第七十六回:アルゴ探検隊・後編 を公開
話者:センセイ、マッサン、トッチャン

アルゴ探検隊の造形に魅了されたとマッサン。センセイはヘラの付け間違い受け入れるイアソンに今にしてみると他力(たりき)を見出して面白いと。マッサンは熊本大地震で崩れた熊本城の他に類を見ない城壁を上げ、他力の強固さを自分なりに解釈する。センセイは「他力」を理解した瞬間から「自力」よりも他力を重視する生き方に変えていったことを語る。本作の造形物は自身の活動規範になっていると言い、自作の刻字や彫刻を指し示す。洋の東西を問わず、映画における当時の風潮として主人公やヒロインは美男美女で、周囲はリアリティを追求する共時性に面白みを感じたとマッサン。そして映画の細部の話に。

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2018/01/20
藝文對談ともえ:第七十五回:アルゴ探検隊・前編 を公開
話者:センセイ、マッサン、トッチャン

センセイ曰く「今振り返れば作家活動において影響を与えたと言える作品」が「アルゴ探検隊の大冒険」。センセイは子供の頃、祖母が見ていた本作を寝たふりをしつつコッソリと覗き見るようにして鑑賞したのが最初だったと思い出す。マッサンは小学校にテレビで何回か見たことがあり、トッチャンはビデオで序盤戦を見た中でのトーク。ギリシャ神話を背景にした作品で宗教的な含みが多い。トッチャンは「神は自らを助くものを助く」という一説に「オー!」と思ったと。マッサンはBGMに日本との音感的共時性を感じ驚いたと言い、会話は次第に熱を帯びてくる。

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2018/01/10
藝文對談ともえ:第七十四回:昭和歌謡の表現力 を公開
話者:センセイ、マッサン

時代性は歌に強く感じるとセンセイ。浅草三文オペラの田谷力三を例に出し、自らの思い出を語りながら当時の話しをする。田谷力三が昭和歌謡を歌うと大正ロマンになることを上げ、昭和初期には○○崩れという人が歌手になった人が多かった為に多様性があり面白かったと。流しだったバタヤン、オペラの田谷力三、小唄長唄の小梅姉さん、クラシックの東海林太郎とか。前歴を抱えながら歌う為に訴えるものがあったと。昭和歌謡を現代人が歌うと時代を生きていないし前歴も無いだけに面白みや深みを感じない。ぞれぞれの時代にあったものをやるのが一番良いだろうと語る。

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2017/12/30
藝文對談ともえ:第七十三回:特撮と表現 を公開
話者:センセイ、マッサン

代替わりがすると真似になって面白くなくなるとマッサン。初代ウルトラマンにおける試行錯誤の話をしだす。センセイは不意に当時の話を思い出し、ウルトラマンと世界的な彫刻家であるロダンとの関係性を聞く。センセイは上野の西洋美術館にある”考える人”を見ていつもウルトラマンを想起していた思い出をマッサンに話す。当時の大人達は子供向けの特撮であっても、責任を感じ、より慎重に作物と向き合っていた姿があったと振り返る。子供時代を思い出し怪獣談義に花が咲く。そして再び作家活動の話へ。

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2017/12/20
藝文對談ともえ:第七十二回:縁は異なもの を公開
話者:センセイ、マッサン、トッチャン  ゲスト:本名カズト

ホンナさんとマッサンを結びつけた共通の知り合いが亡くなっていことを収録で知る。問われ、そこから二人の謂れを紐解くことに。デザイン事務所の社長は当時勤め人だったマッサンが作ったマニュアルを見て「あんたデザイナーになりなよ」と声をかけてもらった過去を語る。それがご縁となり当時本名さんが手伝っていた本名企画事務所の仕事をマッサンが請け負うことに。センセイもまた縁が導いた作家活動の源流に纏わる話をする。小学校時代の担任と亡き母親、そして奥様の姿が。縁は一方が望んでも、時には双方が望んでも紡げない不思議なものであると。

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2017/12/10
藝文對談ともえ:第七十一回:本名カズト を公開
話者:センセイ、マッサン、トッチャン  ゲスト:本名カズト

前回に引き続き本名さんがゲスト。前回の話を受け、センセイがホンナさんに語りかけることから始まる。ホンナさんは仕事をする上での信条として譲れないものが一つあると言い、センセイは「それを聞きたい」と。そこで「自らを貶めるような相手とは仕事をしない」ことと応える。センセイは「それは当然でしょう」と返す。音楽活動ならではの難しさや醍醐味を感じる話が続く。音楽表現と書作家活動との違いを聞くうち、意図せず 本名カズト氏 に迫っていく回となった。

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2017/11/30
藝文對談ともえ:第七十回:続ける効能 を公開
話者:センセイ、マッサン、トッチャン  ゲスト:本名カズト

「ストレスをかけないと」と言ったセンセイの言葉が引っかかっていたという本名さん。ストレスは悪だという風潮にある現代において表現活動における制約からくるストレスは必ずしも不要なものではないと言う。書をやりながら人は実に簡単に流されると感じたマッサン。自己自在の中でやる心地よさが必ずしも作品を昇華させる中で全てにおいて後押しになるとは言えないと。本名さんは、大きさや長さに加え、伝統や型といった制限された中でこそ無限とも言えるものを書けるのであって、完全なる自由は普通の人には扱えない。何かを突き詰めるということは反復でしかないと。センセイは呉昌碩(ごしょうせき)を上げ、超一流は反復のみで生きた人間だと語る。

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2017/11/20
MASATO創作の部屋 を設置
MASATO 氏のホームページを設置。

現在大学生。
藝文会に2016年加入。
ジャンル:文筆
2018年の同第二回展へ向け発表作の草稿を投稿予定。

http://masato.yataiki.net/
2017/11/20
藝文對談ともえ:第六十九回:手段と目的 を公開
話者:センセイ、マッサン、トッチャン

マッサンは自らの体験を通し「言い訳は遠回りにしかならないと気づいた」と。同時に、議論することは良しと言われ訓練するように育てられた中で自らの中に誤解が生じたことを証す。議論には前提となる情報共有や開示が重要性を持つが、それは議論の際に必要なだけであって、生きている中では必ずしも最優先ではないと。結局は人と人は完全に相互理解することは出来ない。乖離があることを互いに心得た中で様々な事象があると。センセイは誤解も何もかも含めて謝るしか無いと言う。百歩譲って相手に悪い点があっても筋を通すことは遠回りにつながると。ただし大切なところだけは言わないと相手の為にもならないから、なんでもかんでも謝ればいいというわけではないと付け加える。マッサンは結局は筋よりも心なんだと紡ぎ、センセイは加えて、そして夢だねと、話が深まっていく。

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2017/11/10
藝文對談ともえ:第六十八回:マニュアル化 を公開

話者:センセイ、マッサン、トッチャン

マニュアルがあって当たり前、教わることに慣れているのが今の日本人だという言葉から始まる。センセイは人に聞く人ほど仕事が出来ないように思うと過去の経験を語る。マッサンはゲームの中でも自ら攻略方法を見出すのではなく既に解明されている攻略をなぞる人が多くなったと。センセイは楽しむことを知らなくなったんだねと答える。マッサンは日本は先進国の中で労働効率が最も低い部類に入ると指摘されていることを上げ、その現象を受け海外では日本人の余りにも非効率的な仕事のやり方は壮大な計画やフェイク、ジョークの類じゃないか?という説すらあると。センセイは日本人は自分たちが思っているほどロジカルな国民じゃないと指摘。本来なら和気あいあいとした中で盛り上げつつ互いに助け合い己を知り身を粉にすることで成し遂げるものだからと現代日本のマニュアル社会に苦言を呈する。

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2017/10/30
藝文對談ともえ:第六十七回:職業と適正 を公開
話者:センセイ、マッサン

小学五年生で書家になりと思ったセンセイ。本人の意思とは別にそれを促したのは他でもない担任の教師だった。母親にも息子の秘書になりなさいと諭す。本人は書を嗜む中で「こういう職業があったらいいなぁ」と知らず書家を思い描く一方で、「画家もいいなぁ」と思っていたとのことを証す。勉強しない自分が書家という職業を結果的に選んび知らず勉強をしている。画家の道は進まなかったけど描いたこともある。(自ら描いた鉛筆画を指す)「その人間に才能があるなら結局はやってる」と改めて感じると。頭で考え突飛なところ動くのではなく、自分の周りに、自分の足元に何があるかを見つめ、そこから手繰り寄せるセンスがあると無いとでは随分と人生か違ってくると言う。センセイは「負荷がかかる生き方をしないのが一番なんだと思う」と締めくくった。

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2017/10/20
藝文對談ともえ:第六十六回:日本人の性質 を公開
話者:センセイ、マッサン

日本にはありとあらゆる美術品がやってくる。その理由の一つに「日本なら安全だから」という部分があるように聞く。そして、その裏側の認識として、日本には地方にすら美術館、博物館、民芸館があり、海外からは文化的な国民と思われている部分もあるかもしれないとマッサン。センセイは、「ブダペストあたりを見ると、まずは全体の外観で決める。言わば建物重視で、中に入ると意外なところに本屋があったり外の雰囲気と中の雰囲気が異なる。日本はその点、外と中の雰囲気が一致している。つまり建物を決めて街全体を構成しているんだろう」、絵画にしても、内装にしても「日本は簡素な国なんだろう」と語る。ハンガリーと日本を比較しながら日本人の性質について語り合った。

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2017/10/10
藝文對談ともえ:第六十五回:活動の脈絡 を公開
話者:センセイ、マッサン

日本において文化、芸術活動に携わる者は高慢になりがちで、一般ではそれが理由もあり疎遠になりがちな面がある。ハンガリー展での様子を見て、日本人にとって文化が遊離してしまった現実に気付かされたとマッサン。センセイはハンガリーの人は板についていと応える。意識的に考えて行動しがちな現代において、センセイは改めて実感したこととして「地に足がついた着実な活動」だと語る。頭で考えた行動は、縁が無い、脈絡がない、その場凌ぎの活動になり結局は途絶えてしまう。本来活動というのは地道なもので、自らの足元にあるものを活かした中での動きだと自らの考えを述べる。

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2017/09/30
藝文對談ともえ:第六十四回:ハンガリー訪問記 を公開
話者:センセイ、マッサン

2017年4月、センセイが代表を務める泰永会の海外展が初めて開催された。主催、運営はハンガリーのハンガリー・日本友好協会、ケチュメート・青森友好協会の協力を得て由緒正しいラダイ博物館にて一ヶ月の開催という幸運を得る。「ここまでして頂いて行かざるは恥」と、第二十八回泰永書展ケチケメート市〜プレゼンス〜 のレセプションに向け弟子七名を連れてハンガリーへと渡ることになった。氏にとっての初めての海外は波乱のスタートとなる。1時間の遅延によりトランジットで乗り換えの飛行機が出てしまう。代わりに用意された便はローマ経由の遠回り。その上で荷物が届いてないと告げられる。英語に堪能な弟子数名が交渉するも・・・果たして旅の顛末は。

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2017/09/20
藝文對談ともえ:第六十三回:文章表現 を公開
話者:センセイ、マッサン、トッチャン

センセイは前回に引き続き文章表現について二人に尋ねる。主人公が出てきて語り言葉で書く人がいるけど、あれは「ありなの?」と。マッサンは「両方ありなんだろうけど、理想とする点に関しては出来るだけ無く、凝縮した詩のような表現だろうと思っている」と応え、その理由について「言葉で羅列しても結局は受信者側の能力に委ねられている。ということは言葉が多すぎると読み取れない人の方が多くなる。出来るだけ短い言葉で凝縮された文が理想と今は感じられる」と言う。センセイはそれを聞いて「書き直さないといけない」応える。自ら執筆中の「ポプラの丘」について、そこが気になっていたと。センセイは自ら叙事詩を執筆する中で花鳥風月を書いている時は詩になるけど人間が出てくると詩にならなくなると気づいたと言う。マッサンは強く納得し、人が出ても生っぽくなるのを避けるにはと語りだし、トッチャンも様々な表現者達の方法に触れ、センセイも呼応していく。

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2017/09/17
本名カズト: “New Album” 制作プロジェクト
本名カズト はクラウドファンディングを利用したアルバム制作のプロジェクトを自らのfacebookで発表した。

これまでアルバムを聞いていた方は参加すると様々な特典が得られるためプランを選ぶことをオススメしたい。オーソドックスな特典付CDの3,000円プラン、更にTシャツを付けた7,000円プラン、他にも曲にコーラスとして直接参加出来るプランやパーティーで歌唱してもらえるプラン他様々用意されている。

「どういう歌を唄う人?」という方は プロジェクトサイト に代表曲があるので聞いてみてはどうだろうか。古き良きアメリカン・ミュージックをこよなく愛する彼の歌は、今の日本人も忘れかけている様々な思いを呼び起こすかもしれない。

受付開始:2017/9/20we 20:00〜
プロジェクトサイト:https://goo.gl/J1XmzL

本名カズト からのテキストメッセージと音声メッセージを掲載。
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FaceBook等でお知らせしていましたクラウドファンディングのサイトが9月20日(水)20:00からスタートします!!

『本名カズト”New Album”制作プロジェクト!!』と銘打ち、キャンペーン期間は9月20日(水)20:00〜11月5日(日)23:59となり、様々なプランを作りました。キャンペーンに先立ちましてこちらのプロジェクトサイト https://goo.gl/J1XmzL でプランの内容を閲覧できますので、興味のある方は是非ご覧下さい。
気に入ったプランが見つかりプロジェクトに参加したいという方は、ログインするためのアカウントを制作してお待ち下さい(サイト内の”LikeShareアカウントを作成”をクリック)。アカウントが取得され次第、公開日の9月20日から購入可能となります。そちらではメッセージも自由に書き込めるようになっていますので、ご意見ご要望どんどんお聞かせ下さい。
また、キャンペーン期間中はライブ会場でも申込用紙を配布いたしますので、そちらをご利用の上直接ご購入にもなれます。
参加したいけれどいまいちシステムが分からないという方は僕のFBのメッセンジャーにご連絡下さい。懇切丁寧にご説明致します(^^)v
僕自身初めての体験なのでワクワクしています。一緒にご機嫌なアルバムを作りましょう!!

by 本名カズト

2017/09/10
藝文對談ともえ:第六十二回:メロスと太宰 を公開

話者:センセイ、マッサン、トッチャン

「人は棺をまとってみるまでわからない」というセンセイの話を引用するマッサンの話から始まる。小説の巻末にあるように「走れメロス」はシラーの詩から発想したという部分があり、そこに当時の太宰治の環境や心理状態から結果的に仕上がった作品と伺える。センセイは「人間仕事だから駄作もあれば良いものもあるし、でも、トータルでみるものだから」と言う。更に「人はやってきたことしか出ないから」と太宰治の人間仕事を語る。マッサンは「気になったものがあれば、やった方がいい」と自らを振り返る。トッチャンは、太宰の文章は独特なテンポがあり読むとそれが抜けづらいと聞くと語る。センセイはそこから文章表現における自己体験を語る。

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2017/08/30
藝文對談ともえ:第六十一回:走れメロス を公開
話者:センセイ、マッサン、トッチャン

太宰治の名作「走れメロス」の読後感想会をトッチャンと行う。センセイは横になりながら二人の会話を聞く。互いに第一印象から。共通点として授業で読んだ時とは印象がかなり違うこと。トッチャンは強い印象を残し「人間失格」を手にした後から本格的に太宰治に惹かれていったと振り返る。マッサンは「走れメロス」を長い間「人間失格」の太宰治とは別人だと思っていたことを思い語る。センセイは「どういう物語?」と問い、トッチャンが語る。センセイは実話である「マラトンの戦い」を上げ、三人は過去の思い出を絡めながら感想を述べ合う。

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2017/08/20
藝文對談ともえ:第六十回:思考と嗜好 を公開

話者:センセイ、マッサン、トッチャン

本質的には人はわかり合えないものだということが感じられたと語るマッサン。それは己すら、自意識で仕上がった嗜好と、自らの肉体が発起する嗜好、持っているモチモノ、これらは人によってマチマチな現実がある。センセイは、指導者というのは、体質を見て、性質を把握し、言いたいことを理解出来る範疇に絞り、その上で道を示せるようじゃないと務まらないと応える。本質的には肉体が発起するものが自分に向いているが故に続き、伸びるが、意識によって出来た趣味嗜好も無駄ではなく、フィードバックすることで創作の幅や変化に繋がると。話はセンセイが挿絵を描くことの経緯に展開し、転がっていく。

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2017/08/10
藝文對談ともえ:第五十九回:活字と文化 を公開
話者:センセイ、マッサン

書はおろか、手書きそのものが限りなく扱われなくなった現代。目にする文字は活字であるフォントで締められる。そのフォントがどういう趣で設計されているかという話をしだすマッサン。識字性に傾倒しており、文字構造に美を欠いている現状を語る。嘗ては文字構造ありきから識字性へと移行する過程があり、文字の美しさを維持しつつ識字性を高める為の省略等はされたが、今は構造より識字に傾いているのがフォントや活版印刷はおろか看板やテロップ津々浦々に至るまで氾濫していくことに懸念を表する。センセイは手書きのレベルはあるものの、味わいが無くなったと語り、活字から見られる文化の話におよぶ。

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2017/07/30
藝文對談ともえ:第五十八回:躍動する社会とは を公開
話者:センセイ、マッサン

コンプライアンス(法令遵守)という考え方が導入され逆に無責任社会へと急速に転換を遂げているという話から入る。役所の申し子のような仕事を表現者も求められる時代になったとマッサン。センセイはそういうことを小器用に出来る人がいい作品が生み出せるわけがないと視点を投げかける。国会図書館での自らの体験を語り、現代を「役所社会」と例える。マッサンは自己責任の明確化を追求する余り責任回避の構造がこうした社会を形成したんではなかろうと語り、鬩ぎ合いの結果として書類が増えて本来の仕事が儘ならない現状が日本社会を覆っていると語る。それでは国が滅びるとセンセイは憂う。書類やデータの分野では急速に進化するAIに期待するとマッサン、全部自動でやってくれる時代になれば本来やるべき仕事に取り掛かれるようになるのではと。そして人が躍動していた社会の頃を回想する。

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2017/07/20
藝文對談ともえ:第五十七回:詩と思想感情 を公開
話者:センセイ、マッサン

マッサンが井上ひさし氏の言葉を先生に尋ねることから始まる。センセイは「血肉になっているか」という視点でその文言を紐解く。そこから書をやるに当たって尋ねられる問で応える。文筆であれ詩であれ、血肉になった部分で書くのと頭で書くのでは違うと言う。手につかなければ身にもつかない。マッサンは誰しも詩情を会得することが出来るのだろうか?と問い、センセイは感動すればいいんだと。どんな些細なことでも他人からくだらなく思えようと感動の要因を育めば自ずと湧き出るものがあると。マッサンは才能の高に触れ、センセイは自分がどれだけ遊んできたか、遊ばせてもらってきたかで差は出るが、机上の学問じゃなくこの肉体を通した否かだろうと述べる。マッサンはラジオから聞こえてきた日本人奏者のジャズの話を上げ更に話は続く。

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2017/07/14
yataiki.netのSSL接続対応
yataiki.net を主たるサーバーにするサイト(サブドメインを含む)を全てSSL接続対応にいたしました。これまでの http:// を暗号化接続を意味する https:// に変えるだけで、これまで通りの内容でSSL接続が可能とります。例えば、

通常接続 http://○○○.yataiki.net
SSL接続 https://○○○.yataiki.net

とすることで端末とサーバーのデータ通信が暗号化された接続が可能になります。これまではログインをする必要があるサイト、主にショッピングサイト、他には会員制サイトで多く利用されてきた機能ですが、昨年よりGoogleのブラウザ、Chrome等は一般のサイトでもSSL接続を推奨しており、より安全にインターネットを利用する場合に有効とされています。

公衆無線LANやフリーWi-Fi、ローカルエリアネットワーク上にある端末等からインターネットに接続する際に特に有効と思われます。必要に応じてご利用下さい。

暗号化接続でも特に接続速度が遅くなることはありませんが、SSLに対応していないサービスや、SSLページと通常ページが混在する場合、SSLページのみが表示され、通常ページは表示されません。ご留意下さい。
2017/07/10
藝文對談ともえ:第五十六回:展示側と観者 を公開
話者:センセイ、マッサン

昨年ポルトガルであった観者が自撮りをしようとしてミカエル象を倒してしまった件に触れる。マッサンは人間がすっかり変わって来ていると感じると話す。日本においてはほとんどの美術館や博物館では撮影やスケッチ、メモが禁止されている。自らの体験としてメモをとっていたら注意をされた件を上げ、日本における観者と展示側のあり方を上げる。西洋では多くの作物が直に見られるメリットは大きい。ただし日本の厳重な展示方法は作物の保全にはいい。一方で観者も平気で注意書きを無視したり我欲で行動する人が増えてきた気がすると語る。そうした話しから作品との距離感へと及ぶ。

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2017/06/30
藝文對談ともえ:第五十五回:篆刻とその周辺 を公開

話者:センセイ、マッサン

引き続き出先で篆刻の話。センセイが主宰し、マッサンも所属する泰永会での書展。泰永書展で来場者の書家から言われた感想をマッサンが言う。篆刻が書に合っていて素晴らしいというもの。そこで、書と遊離する篆刻と書作品に問題は潜在的に多くの書家が抱えていると知る。「印は教養がでる」とセンセイ。勉強しました、頑張って掘りましたという印はそれだけのものである。書にせよ、篆刻にせよ、茶碗にせよ、余裕の中で営んで仕上げたものでこそ鑑賞出来るものであって、必死にやって頑張りましたというものを見せられては百年の恋も覚めると。書はそもそも文があって字があるのであって、余力の部分でやってこそと語る。そこから箱書きの話に移り、作品と篆刻に纏わる関係性の話に展開していく。

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2017/06/20
鳳煌会のサイトを新設
松里鳳煌が主宰する書道会。鳳煌書道会(書道・鳳煌会)のサイトを新設しました。

今後、散らばっているサイトを整理・統合していき、新しい記事はこのサイトにて行っていく予定。
現在中心となっているBloggerの鳳煌会はサイト不具合時の避難場所として残していく。

http://hoko-kai.yataiki.net
2017/06/20
藝文對談ともえ:第五十四回:篆刻と脈絡 を公開
話者:センセイ、マッサン

出先での収録。書作品にとって篆刻というのは作品と一体化している。にも関わらず、篆刻家が篆刻を作るという分業化がなされている点についてマッサンが話を始める。篆刻家の篆刻を見て、作品単体として見ると素晴らしいものだが、自作に押すことを想起するとどうしても作品と遊離してしまうと感想を投げる。絵画におけるサインは自分でなされる。ところが、サインの一つに相当する篆刻は篆刻家から購入し押印することになる。篆刻を十代の頃より自作していたセンセイに、自作と篆刻の関係について話を聞く。

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2017/06/10
藝文對談ともえ:第五十三回:不気味の谷 を公開
話者:センセイ、マッサン

カルフォルニア大学で”不気味の谷”の存在が確認されたというニュースを話すマッサン。昨今のCG技術の発達。そこへ来てAIの急速な進歩。”不気味の谷”というのは人間に必要な防衛本能という視点から、その本能を超える。マッサンはそのようなリアルな作物とどう向き合えばいいか投げかける。センセイは谷を超えることそのものは、人の防衛本能を越え快感性を与えるということだから、それそのものはむしろプラスであり、不気味の谷に落ち込んでいる状態の方が人間にとっては良くないだろうと応える。マッサンはこうした技術が社会に浸透しても人間の仕事そのものは増えることはあっても減ることは無いにせよ、人間ならではの活躍してきた場所が減ることを危惧していると語る。それに対して、センセイは書家としての目線で書作品に例え、その解決策を発想していく。

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