トピックス-Topics-

2017/08/10
藝文對談ともえ:第五十九回:活字と文化 を公開
話者:センセイ、マッサン

書はおろか、手書きそのものが限りなく扱われなくなった現代。目にする文字は活字であるフォントで締められる。そのフォントがどういう趣で設計されているかという話をしだすマッサン。識字性に傾倒しており、文字構造に美を欠いている現状を語る。嘗ては文字構造ありきから識字性へと移行する過程があり、文字の美しさを維持しつつ識字性を高める為の省略等はされたが、今は構造より識字に傾いているのがフォントや活版印刷はおろか看板やテロップ津々浦々に至るまで氾濫していくことに懸念を表する。センセイは手書きのレベルはあるものの、味わいが無くなったと語り、活字から見られる文化の話におよぶ。

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2017/07/30
藝文對談ともえ:第五十八回:躍動する社会とは を公開
話者:センセイ、マッサン

コンプライアンス(法令遵守)という考え方が導入され逆に無責任社会へと急速に転換を遂げているという話から入る。役所の申し子のような仕事を表現者も求められる時代になったとマッサン。センセイはそういうことを小器用に出来る人がいい作品が生み出せるわけがないと視点を投げかける。国会図書館での自らの体験を語り、現代を「役所社会」と例える。マッサンは自己責任の明確化を追求する余り責任回避の構造がこうした社会を形成したんではなかろうと語り、鬩ぎ合いの結果として書類が増えて本来の仕事が儘ならない現状が日本社会を覆っていると語る。それでは国が滅びるとセンセイは憂う。書類やデータの分野では急速に進化するAIに期待するとマッサン、全部自動でやってくれる時代になれば本来やるべき仕事に取り掛かれるようになるのではと。そして人が躍動していた社会の頃を回想する。

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2017/07/20
藝文對談ともえ:第五十七回:詩と思想感情 を公開
話者:センセイ、マッサン

マッサンが井上ひさし氏の言葉を先生に尋ねることから始まる。センセイは「血肉になっているか」という視点でその文言を紐解く。そこから書をやるに当たって尋ねられる問で応える。文筆であれ詩であれ、血肉になった部分で書くのと頭で書くのでは違うと言う。手につかなければ身にもつかない。マッサンは誰しも詩情を会得することが出来るのだろうか?と問い、センセイは感動すればいいんだと。どんな些細なことでも他人からくだらなく思えようと感動の要因を育めば自ずと湧き出るものがあると。マッサンは才能の高に触れ、センセイは自分がどれだけ遊んできたか、遊ばせてもらってきたかで差は出るが、机上の学問じゃなくこの肉体を通した否かだろうと述べる。マッサンはラジオから聞こえてきた日本人奏者のジャズの話を上げ更に話は続く。

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2017/07/14
yataiki.netのSSL接続対応
yataiki.net を主たるサーバーにするサイト(サブドメインを含む)を全てSSL接続対応にいたしました。これまでの http:// を暗号化接続を意味する https:// に変えるだけで、これまで通りの内容でSSL接続が可能とります。例えば、

通常接続 http://○○○.yataiki.net
SSL接続 https://○○○.yataiki.net

とすることで端末とサーバーのデータ通信が暗号化された接続が可能になります。これまではログインをする必要があるサイト、主にショッピングサイト、他には会員制サイトで多く利用されてきた機能ですが、昨年よりGoogleのブラウザ、Chrome等は一般のサイトでもSSL接続を推奨しており、より安全にインターネットを利用する場合に有効とされています。

公衆無線LANやフリーWi-Fi、ローカルエリアネットワーク上にある端末等からインターネットに接続する際に特に有効と思われます。必要に応じてご利用下さい。

暗号化接続でも特に接続速度が遅くなることはありませんが、SSLに対応していないサービスや、SSLページと通常ページが混在する場合、SSLページのみが表示され、通常ページは表示されません。ご留意下さい。
2017/07/10
藝文對談ともえ:第五十六回:展示側と観者 を公開
話者:センセイ、マッサン

昨年ポルトガルであった観者が自撮りをしようとしてミカエル象を倒してしまった件に触れる。マッサンは人間がすっかり変わって来ていると感じると話す。日本においてはほとんどの美術館や博物館では撮影やスケッチ、メモが禁止されている。自らの体験としてメモをとっていたら注意をされた件を上げ、日本における観者と展示側のあり方を上げる。西洋では多くの作物が直に見られるメリットは大きい。ただし日本の厳重な展示方法は作物の保全にはいい。一方で観者も平気で注意書きを無視したり我欲で行動する人が増えてきた気がすると語る。そうした話しから作品との距離感へと及ぶ。

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2017/06/30
藝文對談ともえ:第五十五回:篆刻とその周辺 を公開

話者:センセイ、マッサン

引き続き出先で篆刻の話。センセイが主宰し、マッサンも所属する泰永会での書展。泰永書展で来場者の書家から言われた感想をマッサンが言う。篆刻が書に合っていて素晴らしいというもの。そこで、書と遊離する篆刻と書作品に問題は潜在的に多くの書家が抱えていると知る。「印は教養がでる」とセンセイ。勉強しました、頑張って掘りましたという印はそれだけのものである。書にせよ、篆刻にせよ、茶碗にせよ、余裕の中で営んで仕上げたものでこそ鑑賞出来るものであって、必死にやって頑張りましたというものを見せられては百年の恋も覚めると。書はそもそも文があって字があるのであって、余力の部分でやってこそと語る。そこから箱書きの話に移り、作品と篆刻に纏わる関係性の話に展開していく。

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2017/06/20
鳳煌会のサイトを新設
松里鳳煌が主宰する書道会。鳳煌書道会(書道・鳳煌会)のサイトを新設しました。

今後、散らばっているサイトを整理・統合していき、新しい記事はこのサイトにて行っていく予定。
現在中心となっているBloggerの鳳煌会はサイト不具合時の避難場所として残していく。

http://hoko-kai.yataiki.net
2017/06/20
藝文對談ともえ:第五十四回:篆刻と脈絡 を公開
話者:センセイ、マッサン

出先での収録。書作品にとって篆刻というのは作品と一体化している。にも関わらず、篆刻家が篆刻を作るという分業化がなされている点についてマッサンが話を始める。篆刻家の篆刻を見て、作品単体として見ると素晴らしいものだが、自作に押すことを想起するとどうしても作品と遊離してしまうと感想を投げる。絵画におけるサインは自分でなされる。ところが、サインの一つに相当する篆刻は篆刻家から購入し押印することになる。篆刻を十代の頃より自作していたセンセイに、自作と篆刻の関係について話を聞く。

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2017/06/10
藝文對談ともえ:第五十三回:不気味の谷 を公開
話者:センセイ、マッサン

カルフォルニア大学で”不気味の谷”の存在が確認されたというニュースを話すマッサン。昨今のCG技術の発達。そこへ来てAIの急速な進歩。”不気味の谷”というのは人間に必要な防衛本能という視点から、その本能を超える。マッサンはそのようなリアルな作物とどう向き合えばいいか投げかける。センセイは谷を超えることそのものは、人の防衛本能を越え快感性を与えるということだから、それそのものはむしろプラスであり、不気味の谷に落ち込んでいる状態の方が人間にとっては良くないだろうと応える。マッサンはこうした技術が社会に浸透しても人間の仕事そのものは増えることはあっても減ることは無いにせよ、人間ならではの活躍してきた場所が減ることを危惧していると語る。それに対して、センセイは書家としての目線で書作品に例え、その解決策を発想していく。

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2017/05/30
藝文對談ともえ:第五十二回:書作品とその周辺 を公開
話者:センセイ、マッサン

出先の会場で収録。マッサンがLEDの登場により目が非常に疲れ安くなったと話し出す。そこからLEDに限らずCGを使った映画や看板広告等がすべからく共通点として「自己主張が激しすぎる」と。目の肉体機能から考えて眼精疲労が累積的かつ加速度的に増大している社会を語る。そこから書作品の鑑賞方法へと話しが移る。持論である「部分は全体を越えられない」が関わってくる。作品は全体感で決まるという。全体を見て、細部を見るもの。全体が崩れていれば細部がどれほど緻密でも覆られない。大作の場合、全てが克明に描かれた作品は鑑賞者側に圧が強すぎて全体感を損なうことを考慮にいれる必要がある。量感が強いのであれば細部は寧ろ疎にして全体感を伝わるようにする等の表現技法の話しに。そこから書作品と作品表現の話しに深まっていく。

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